県社 田原神社
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概 要
社号 県社 田原神社
読み:たはら
別名 春日神社
所在地 島根県松江市奥谷町122
旧地名 出雲国島根郡
御祭神
東殿:武御雷之男神(たけみかづちのおのかみ)、経津主神(ふつぬしのかみ)、天津児屋根命(あめのこやね のみこと)、姫大神(ひめのおおかみ=比売神)
西殿:宇迦之御魂神
配神
東殿:天手力男神
西殿:奥津日子命、奥津日売命、波邇夜須毘売神、須佐之男命、櫛名田姫命
例祭日 4月15日
社格等
『延喜式神名帳』(式内社)
式外社
東殿は、『出雲国風土記』島根郡条の「田原社」
近代社格制度 旧県社
創建 年代不詳
本殿様式 春日造
境内摂末社(祭神)
梅宮社・紺姫社・水神社・租神社・愛宕社・若宮社・天満宮・望東稲荷
文化財
随神門 市指定有形文化財 江戸時代の入母屋造。木工職人・小林如泥(宝暦3年(1753年) – 文化10年(1813年))作の見事な彫物がある。
参道石段の両側にある石灯篭は、笠の上に十二支の動物が乗る珍しいもの。来待石製の大きな狛犬は、幕末の名工乙右ヱ門作。
一口メモ
松江市街地は宍道湖と中海をつなぐ大橋川の橋北と橋南とよばれる。松江城や県庁があるがある橋北は旧島根郡、橋南は旧意宇郡だった。島根県という名称も、県庁が島根郡に置かれたことから。神社はその城下町の静かな佇まいが残る狭い路地を松江城の北へ少し登った所にある。神社の鳥居の中に広い参拝者用駐車場がある。
歴史・由緒等
元来は2社であったが江戸時代の延宝2年(1674年)に1社に合わさった。旧県社。
春の枝垂れ桜やサツキ、秋の紅葉が美しく、小泉八雲が好んで訪れていた。
東殿は、『出雲国風土記』島根郡条の田原社に比定される。元々、北方の春日町田原谷(城北通り沿いに田原谷池有り)に鎮座した田原神社、或いは春日神社である。『雲陽誌』によれば、江戸期には、奥谷にあって春日四社大明神と呼ばれていた。
西殿は、『雲陽誌』によれば、亀田山に鎮座していた宇賀社とされ、堀尾吉晴による松江城築城に伴って奥谷に遷座したという。延宝年間、現在地に奉遷。
松江開府とともに東西両殿は春日宇賀両社大明神と称した。明治初年に、両者を併称して田原神社と公称。
-『ウィキペディア』より-
境内・社叢
社叢 一の鳥居
鳥居脇狛犬
二の鳥居
すごい数の狛犬が並ぶ
手水舎 石段右手境内社
石段左手境内社
扁額
随神門 拝殿
本殿 (西殿・東殿) 本殿右手境内社
本殿右手境内社(奥から)
本殿奥に鳥居がある境内社らしい
地名・地誌
地 図
交通アクセス
山陰本線 松江駅 レイクラインで10分、小泉八雲記念館前バス停下車、徒歩約10分
周辺情報
小泉八雲記念館、松江城
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